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甲府地方裁判所 昭和42年(わ)182号 判決 1969年5月10日

被告人 浅川万亀夫

昭二二・一〇・五生 整備工

主文

被告人を禁錮一年六月に処する。

訴訟費用は、証人佐々木芳岡に支給した分を除き被告人の負担とする。

公安委員会から眼鏡の使用を条件として運転を免許されているのに、眼鏡を使用しないで、大型自動車を運転した、という点について被告人は無罪。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、中学卒業後、直ちに、甲府市内にある有限会社横打自動車工業所に整備工として就職し、昭和四一年五月九日山梨県公安委員会より大型自動車の運転免許を、同年一〇月二〇日山梨労働基準局よりクレーン運転士の免許を受け、同社のいわゆるトラツク・クレーン車の運転業務に従事するとともに、建設現場作業をも行つて来たものであるが、

第一、昭和四二年七月一八日午前七時頃、総車両重量一四・三〇五キログラムの大型自動車(いわゆるトラツク・クレーン車、山梨8ひ63号)を運転して甲府市内の本社を出発同社富士吉田営業所に至り、終日同所の現場作業に従事、とくに午後三時頃から同八時頃までの間は、不馴れな上、危険を伴なうコンクリートバケツトを用いてのコンクリート運搬作業を行なつたため、平素より心身が疲労していたのに、翌一九日午前〇時頃就寝、同日午前七時頃には起床、鉄筋降し作業等に従事し、同日午後三時三〇分頃、本社に帰るため、一人で上記自動車を運転し、富士吉田営業所を出発、御坂国道経由、甲府に向つたのであるが、途中、御坂トンネル通過の前後から前日の作業の疲労もあつて、睡気を催おし、満足に前方注視もできず、ハンドル、ブレーキの操作も確実に行ないえない状態にあつて、正常な運転ができない虞があつたので、かかる場合、自動車運転者としては、一旦運転を中止し、睡気のとれるのを待つて運転を再開し、もつて事故の発生を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠たり断続する仮眠状態に陥つたまま、漫然運転を継続した過失により、同日午後四時三〇分頃国道一三二号線東八代郡御坂町夏目原一、三七二番地先を進行中、前方三〇メートル位を進行中の先行車を、駐車中の車と誤認し、これを避譲するため、自車を道路右側に移行させて、時速約六〇キロメートルで、五三メートル位進行した際、対進して来た小俣義富当時三九年)が運転し、同人の妻小俣みさき(当時三六年)および三女小俣昌美(当時一年)が同乗する普通乗用自動車が、進行方向を左方に転じつつ、急停車の措置をとり、まさに停止せんとしていたのを、自車の前方九メートル位の地点に至つてはじめて発見し、あわててハンドルを左に切るとともに、急停車の措置をとろうとしたが間に合わず、自車の前部を右普通乗用自動車前部に激突させた上、同車を押したまま約五九・七メートル暴走させ、よつて、右小俣義富および小俣みさきを、いずれも頸椎骨折、小俣昌美を頭蓋骨粉砕骨折により、即時同所において、それぞれ死亡せしめ、

第二、二一才に満たないのに、前記同日時頃、同所において車両総重量一一、〇〇〇キログラム以上の前記大型自動車を運転したものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

一、罪となるべき事実

(一)  第一の事実 業務上過失致死、刑法二一一条前段、六条、一〇条、昭和四三年法律六一号による改正前の規定適用

(二)  第二の事実 道路交通法違反、同法一一八条一項五号、八五条五項、同法施行令三二条の二一号

二、想像的競合 判示第一の所為について、刑法五四条一項前段、一〇条を適用、犯情のもつとも重い小俣義富に対する罪の刑によつて処断

三、刑種の選択 判示第一の罪については禁錮刑、同第二の罪については懲役刑を選択

四、併合罪   刑法四五条前段、四七条本文、但書、一〇条、重い判示第一の罪の刑によつて処断

五、訴訟費用 刑事訴訟法一八一条一項本文、証人佐々木芳岡に支給した分を除き、全部被告人の負担とする。

(一部無罪の理由)

本件公訴事実第三によると、被告人は「昭和四二年七月一九日午後四時三〇分頃、東八代郡御坂町夏目原一、三七二番地国道一三二号線において、公安委員会から眼鏡を使用すべき旨の条件を付して運転を免許されていたのに、眼鏡を使用しないで、大型自動車を運転した」とされている。そして、被告人の当公判廷における供述および山梨県公安委員会作成の被告人に対する運転免許証(謄本)によると、被告人は、昭和四一年五月九日、「法定視力に矯正した眼鏡等を使用すること」という条件を付された大型自動車運転免許証を交付されている事実が認められる。

ところが、証人佐々木芳岡の当公判廷における供述および同人作成の昭和四二年一一月一六日付証明書によると、被告人の視力は右眼〇・九、左眼一・五とされており、また、検察事務官作成同四三年九月一二日付報告書によると、被告人の視力は両眼とも一・〇またはこれをこえる、とされている。これに、被告人の検察官に対する供述調書第五項を総合すると被告人は公訴事実第三にいう昭和四二年七月一九日においても、眼鏡等による視力の矯正は必要としなかつたもの、と認められる。

ところで、このように、免許証の交付を受けるに際して、適性検査の結果、道路交通法九一条によつて付された条件が爾後、これを付する必要がなくなつたばあい、どのような手続によつて、右免許証の記載事項を変更すべきかについて、道路交通法ならびにその附属法令中に、直接規定されているところがない。すなわち、同法一〇二条は、臨時適性検査について規定しているが、これは同法八八条等の規定する免許の欠格事由が発見された場合に関するものであり、また、同法九四条は免許証の記載事項の変更届出等について規定しているが、それは、同法九三条一項に関するもので、同法九一条の変更と関連した同九三条二項には言及されていない。したがつてその手続を履践しなかつたばあいについて罰則は存在していない。

他方、このようなばあい、免許証付与時の適性検査の結果による免許証記載の条件を、形式的に尊重して、その条件の遵守を要求するとなると、不具合の眼鏡の使用を強制することともなり、免許証交付に先立つて、適性検査を行なうべきこととした立法者の意図とは逆に、却つて、安全な運転を期待しえない虞があることとなる。

したがつて、道路交通法は、一定の変更手続を定めたばあい(同法九四条、一〇二条)を除いて、その他のばあいにおいては、免許証記載事項の変更手続を履践しなくとも、少くとも刑事責任を問うまでの必要は認めていない、と解するの外はない。

はたしてそうだとすると、本件公訴事実第三に掲げられた眼鏡不使用の点は、罪とならないということになるから刑事訴訟法三三六条によつて無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

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